港とボーダー、マリンスタイルの歴史 | freeen

港とボーダー、マリンスタイルの歴史

2021/07/08

港といえば、マリンスタイル。
マリンスタイルといえばボーダーを思い浮かべる人は少なくないはず。

なぜみんな港と聞くと、ボーダーカットソーやTシャツ、ボーダーのボトムスといったコーディネートを考えるのでしょうか。
なぜそれがマリンスタイルとなったのでしょうか。

その答えは港で働く船乗りたちのスタイル。
「マリンスタイル=港、海で働く人のスタイル=夏、海、港」といったイメージが出来上がったのでしょう。

マリンスタイルの歴史

マリンファッションの歴史をさかのぼると、フランスのバスク地方の漁師や船乗りが作業着として着ていた厚手の綿のシャツ(バスクシャツ)が発祥でないかという説が有力。
バスクシャツは無地もあるけれど、ボーダー柄が圧倒的に多かったのです。バスクシャツといったらボーダー柄を連想する人は少なくないと思います。

バスクシャツが海軍の制服に

バスクシャツはフランス海軍の制服として用いられるようになりました。

船上の作業でも邪魔にならないよう七分から九分丈の袖、ボートネックと呼ばれる襟ぐりの大きく開いたデザイン、洗うほど着丈が縮み体にフィットするようになる綿の素材。

海軍の制服として用いられたバスクシャツにはこれらの機能が備えられ、形状が完成しています。

この機能を持ったバスクシャツを作ったとされるのが、フランスの有名なブランド「セントジェームズ」やハチのロゴでおなじみの「オーシバル」と言われています。

出典 : https://www.st-james.jp/about-saint-james/

セントジェームス日本オフィシャルサイト

出典 : https://orcival.jp/

ORCIVAL | オーシバル日本公式サイト

船乗りの作業着がボーダーだったのは・・・?

海軍でこのボーダー柄の制服を着ていたのは、船の甲板など船内ではなく外で働く下士官。上級士官の制服は無地でした。

なぜ下士官や船乗りはボーダー柄を多く着ていたのか。

それは、ボーダーが見つけやすい柄だったから。
船乗りが海に落ちたとしても、ボーダーが目立つので探す時間が省け、早く助けられたのです。

大きく開いた襟ぐりは、素早く服を脱ぐことができるようにということでデザインされました。
その形は船の底の形に似ていることからボートネックと呼ばれています。

ボートネックカットソー

洗えば縮む綿素材は動きやすさを考慮して。ゆったりした素材は船上の作業には向かないので、洗うほど体にフィットする素材で作られます。

海で働くために、機能を考えて作り上げられたのがバスクシャツなのです。

現代のマリンスタイルに歴史をのせてみて

マリンスタイルの意味は大きく変わりました。

今ではマリンスタイルは働くためのスタイルではなく「ファッションスタイル」となりました。バスクシャツも実用的な労働着からファッションウェアへ。

私たちは無意識に一つのファッションスタイルという風に捉えていますが、歴史を知り、服の持つ意味を知れば見え方がガラリと変わります。

海で働く船乗りたちのたくましさや、強さ、広い大海原を渡る自由の象徴への憧れとしてマリンスタイルを取り入れてみると、ファッションがまた一段と楽しくなると思いませんか。